Story
東西文化が行き交うヨーロッパの中央部に位置し、14~16世紀に王国として繁栄を極め文化、芸術の花開いたポーランド。その王都クラクフの旧市街は第二次世界大戦の戦禍を免れ、世界で最初の世界遺産12件の1つとして1978年、世界文化遺産に登録されました。
ポーランド南部のヴィスワ川上流に拓け、1596年にワルシャワに遷都するまで都であり続けたクラクフは、日本でいえば京都のような存在。城壁の跡である緑地帯が旧市街をぐるりと取り囲み、円形の要塞バルバカンの威容が往時を偲ばせます。中世から残る中央市場広場はヨーロッパ最大級の広さを誇り、中央に建つ長さ100mのルネサンス様式の織物会館は、14世紀には布地や衣服の交易所でした。広場の東には2本の尖塔を持つゴシック様式の聖マリア教会。13世紀にこの塔の上から、モンゴル軍の侵攻を告げるラッパが吹き鳴らされた故事にちなみ、今も1時間ごとに時を告げるラッパの音が鳴り響きます。そして旧市街の南を流れるヴィスワ川河畔には、歴代ポーランド王の居城であったヴァヴェル城が聳え、戴冠式が行われた大聖堂の地下墓地には、王たちが城を守るかのように眠っています。
この町にあるヤギェウォ大学は、ポーランドを「木造から煉瓦造りに変えた」といわれる名君カジミェシュ大王によって1364年に創設されたポーランド最古の大学。ここでは若き日のコペルニクスが学んでおり、当時のクラクフは学問の中心でもあったことが窺えます。
ポーランド南部のヴィスワ川上流に拓け、1596年にワルシャワに遷都するまで都であり続けたクラクフは、日本でいえば京都のような存在。城壁の跡である緑地帯が旧市街をぐるりと取り囲み、円形の要塞バルバカンの威容が往時を偲ばせます。中世から残る中央市場広場はヨーロッパ最大級の広さを誇り、中央に建つ長さ100mのルネサンス様式の織物会館は、14世紀には布地や衣服の交易所でした。広場の東には2本の尖塔を持つゴシック様式の聖マリア教会。13世紀にこの塔の上から、モンゴル軍の侵攻を告げるラッパが吹き鳴らされた故事にちなみ、今も1時間ごとに時を告げるラッパの音が鳴り響きます。そして旧市街の南を流れるヴィスワ川河畔には、歴代ポーランド王の居城であったヴァヴェル城が聳え、戴冠式が行われた大聖堂の地下墓地には、王たちが城を守るかのように眠っています。
この町にあるヤギェウォ大学は、ポーランドを「木造から煉瓦造りに変えた」といわれる名君カジミェシュ大王によって1364年に創設されたポーランド最古の大学。ここでは若き日のコペルニクスが学んでおり、当時のクラクフは学問の中心でもあったことが窺えます。