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マサダ/イスラエルユダヤ民族2000年の結束のシンボル

マサダ

Story

イスラエル東部に海水の10倍もの濃度の塩水をたたえる死海。マサダ(ヘブライ語で要塞の意味)は紀元前100年頃、その湖面を見渡す高さ約400mの岩山に建設され、ユダヤを支配していたヘロデ王が増築。砂漠に降る雨を引き込み4トンもの水を蓄えられる巨大な貯水槽、数年分の食糧を備蓄できる倉庫、豪華な宮殿まで築かれ、さながら町のようでしたが、歴史上のある出来事により、ユダヤ人にとって一生に一度は訪れなければならない重要な地になりました。

ヘロデ王の死後、ユダヤ王国はローマ帝国の支配下に置かれますが、紀元66年にローマの圧政に耐えかねユダヤ人が反乱を起します(ユダヤ戦争)。しかし、70年に都エルサレムは陥落。追われたユダヤ人約1000人がマサダに立てこもり、2年以上も抵抗を続けます。難攻不落といわれたマサダですが、圧倒的なローマ軍の前に力及ばず、異教徒に辱めを受けるくらいなら死をと、女性と子供7人を残し、全員が自決を選びます。この時からユダヤの民は、1948年にイスラエルを建国するまで、世界に離散することになったのです。

イスラエルには「マサダは二度と陥落しない」という合い言葉があります。悲劇を二度と繰り返さない、というユダヤ人の決意の表れです。哀しい歴史を秘めたマサダで今は、イスラエル軍の入隊宣誓式が行われるようになりました。古代ユダヤ人たちの強い意思は、2000年の時を超えて現代のイスラエル国民に受け継がれています。

Photos

ヘロデ王の宮殿

今なおはっきりと残る鮮やかな色は、当時の栄華が伺える

マサダ

かつての王宮跡からは、広大な砂漠と死海の景色が広がる

Data

登録名
マサダ
登録年
2001年
分類
文化遺産
国名
イスラエル
アクセス
テルアビブ発エルサレム経由のバスで、約4時間。そこからマサダの頂上へは、ロープウェーで約3分